Vol.1 院長から三言
Vol.2 院長の考える基本的な抗老化療法は
Vol.3 院長の考える治療の原点とは?何故五感にこだわるのか?
 

院長の考える治療の原点とは?何故五感にこだわるのか?〜

 

私が今までの師と仰いだ人物の中に最年少とも言うべき、たった3歳のが幼女がいた。

それは 実に、私のER救急室勤務時代に遡る

 

その子供は、急性白血病と闘っていた。

年中鼻血が止まらなくなり入退院を繰り返し、よく救急室に来院していた。

だがある日、病は小さい命に更に襲いかかり、急速に悪化させ、意識混濁まで引き起こした。

 

通常の血小板輸血やステロイドも著効無く、当時、治療の最先端と言われた骨髄移植がやっと検討され始めた時代であり、この末期的な状況下には、到底間に合うはずもなかった。

今までの闘病生活も、小さな身体にとってはさぞ無理を強いてきた事であろう。体力的にも 限界を超えていた。にも関わらず、苦しそうに血みどろの中で喘ぎながらも懸命に耐えているその姿は、健気でいじらしくもあった。

だが 事態は、小さなひとつの生命が終焉を遂げようとしており、次第に重大な局面を迎えようとしていた。

 

一刻の猶予も持さない状況はERではよくある場面である。

常に私は冷静という名の元に機械的に、自動的に淡々と行っていた救命処置だが、私はあえて自らの手を止めた。この無垢で純粋な身体を、病魔以上に傷をつけたくないと思った。

延命措置をしても、僅かな時間を残すだけばかりか、呼吸を確保する為、身体の自由を更に阻んでしまうことは明白だったからだ。

 

そう思った、まさにその瞬間、その子は目をしっかりと見開き、

ママ、ねんね」 と口を開いた。

 

付き添っていた母親はその言葉を聞き、

「先生、きっとこの子は楽になってきたんだわ。いつもこう言って寝るんです。」 と、いつも病室を去る時の愛想笑いを浮かべ、少し安堵していた。

 

しかし、私にはわかっていた。この子は母親を安心させる為に、自分が死の淵にいることを悟らせないようにしている事を。 目をつむろうとするその子を、私は抱き抱え、ER室中に響き渡る声で「眠っちゃだめだよ  眠っちゃだめだよ!」 と繰り返し何度も叫んだ。 

するとその子は、私の言葉に応じてくれるかのように懸命に瞳を見開き、そして、じっと 私の眼を見つめ、全てを悟ったかのような穏やかな眼差しで、途切れそうな息の隙間から

 

「せんせい ありがと 」

振り絞るように一言残した後、一瞬の静寂を残し、瞳をゆっくり閉じていった。

 

すると私の両腕の中に感じていたその小さなぬくもりは、あどけない重みを腕に残したまま、すーっと天に昇り大きく羽ばたいていくかのように、あまりにも穏やかに去っていってしまった。

 

あれから何十年という月日が経過した現在も、あの瞬間、あの両腕の感覚は決して忘れることはない。

当時、治療の第一線と呼ばれるERで、実績とキャリアを積んでいた私に、決してそれだけでは身につけることができない大切な事を、3歳の小さな師は、身をもって教えてくれたのだ。

命の大きさと、威厳のある立派な死というものを、私に五感を通して諭してくれたのだと思っている。

 

自らの死を悟り、母親を安心させ、最後まで感謝を忘れず、人間の尊厳ある死について教えてくれた、この幼い師の存在は、今日に至る私自身の死生観と治療姿勢に多大なる影響を及ぼしていることは言う間でもない。

 

そして、それは言い換えれば、五感を生かした生き方こそが 真の人生であり、五感を生かした治療こそが、現在の私にとっての真の治療と信じるに至ったのである。

 

■最後に 1度でも自らの死を頭によぎらせた人達に

 

“死”が例え森羅万象の生命の定めだとしても“生”の単なる結末であってはならない。

死とは、本来生より崇高な所を目指すことが目的なのだと思う。

従って、生き方とはむしろよい死に方を問う時間ではないかと思っている。

それをたった3つの、小さな師が教えてくれたように。

 

日比谷トータルクリニック  院長 中村 公一